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§2 スペクトル解析一般
§§2−1 スペクトル(その2)

問 1/f スペクトルとはなんですか?

0440

答 周波数が1桁あがるとパワー・スペクトル密度(PSD)が1桁下がる,そのような特性のスペクトルを1/f スペクトルと呼びます.このとき,スペクトルを両対数表示するとスペクトルP(f )が周波数f に対して傾き-1で直線的に減衰します.この時系列データにおいては,ある観測値はそれ以前の時刻に観測された値と一定の相関を持ちますが,2つの値の観測時刻の隔たりが大きくなるに従って,この相関は急速に消失します.
 時系列データをあらゆる周期をもつ無限個数の波の重畳と考えるとき,それぞれの波の周期とエネルギーの間に,周期の1桁短い波のエネルギーが丁度元の波のエネルギーの1/10となるような関係の成り立つ状態に対応します.
 1/
f スペクトルを示す時系列データを1/f ゆらぎ(ピンクノイズ)をもつ時系列データなどともいいます.ただし,1/f とはあくまでもスペクトルの形状を指しており,そのような時系列データが“心地よい”かどうかはまったく別の問題です.1/f スペクトルについては,問0430も参照してください.

問 1/f 2スペクトルとはなんですか?

0450

答 周波数が1桁あがるとスペクトル(PSD)が2桁下がる,そのような形状のスペクトルを1/f 2スペクトルと呼びます.このとき,スペクトルを両対数表示するとスペクトルP(f )が周波数 f に対して傾き-2で直線的に減衰します.この時系列データにおいては,ある観測値はそれ以前の時刻に観測された値と一定の相関を持ちます.2つの値の観測時刻の隔たりが大きくなるに従って,この相関は消失しますが,その消失の程度は1/f スペクトルの場合に比べて緩やかです.すなわち,1/f スペクトルの場合よりもより強く過去の観測値に影響を受けます.
 1/
f 2スペクトルを示す時系列データとは,時系列データをあらゆる周期をもつ無限個数の波の重畳と考えるとき,それぞれの波の周期とエネルギーの間に,周期の1桁短い波のエネルギーが丁度元の波のエネルギーの1/100となるような関係の成り立つ状態に対応します.1/f 2スペクトルについては,問0430も参照してください.

問 1/f 3スペクトルとはなんですか?

0460

 周波数が1桁あがるとスペクトル(PSD)が3桁下がる,そのような形状のスペクトルを1/f 3スペクトルと呼びます.このとき,スペクトルを両対数表示するとスペクトルP(f )が周波数f に対して傾き-3で直線的に減衰します.この時系列データにおいては,ある観測値はそれ以前の時刻に観測された値と一定の相関を持ちます.2つの値の観測時刻の隔たりが大きくなるに従って,この相関は消失しますが,その消失の程度は1/f 2スペクトルの場合に比べて緩やかです.すなわち,1/f 2スペクトルの場合よりもより強く過去の観測値に影響を受けます.
 1/
f 3スペクトルを示す時系列データとは,時系列データをあらゆる周期をもつ無限個数の波の重畳と考えるとき,それぞれの波の周期とエネルギーの間に,周期の1桁短い波のエネルギーが丁度元の波のエネルギーの1/1000となるような関係の成り立つ状態に対応します.1/f 3スペクトルについては,問0430も参照してください.

問 あるスペクトルが1/f であるかそれとも1/f 2であるかなどはどう判定されるのでしょうか.例えば具体的に両対数表示したスペクトルにおいて,スペクトルの基本トレンドが周波数に対して直線的に減衰し,この傾きが-1.4であったなら,これは1/f スペクトルとすべきでしょうか,それとも1/f 2スペクトルと判断すべきでしょうか?

0470

答 傾きが-1,-2などに極めて近い値となっていれば問題はないのですが,-1.4などの場合は確かに判断に困ります.このような場合は,1/fと1/f 2の境界を傾き-1.5に設定して,従って1/f スペクトルであると判断してもよいですし,また,いずれともつかないと判定してもよいと考えられます.また,事実のみを記して判断を示さないこともできます.いずれとすべきかの理論が存在しないからです.

問 最近,指数スペクトルという言葉を聞きます.それはなんですか?

0480

答 スペクトルが周波数の増大とともに指数函数的に減衰するスペクトルを指数スペクトルといいます.f を周波数,P(f )をスペクトル(PSD)とすると,

       
P(f )〜exp(x f )

となります.指数スペクトルの傾き
x =-1のとき,周波数が1から2,2から3と1ずつ増大するとその都度スペクトル(PSD)は1/eになります.ここに e は自然対数の底で約2.7の値をとります.
 私たちの研究グループによって,指数スペクトル特性は,有名なカオスモデルであるローレンツ,レスラー,そしてダッフィング・モデルによって生成される時系列について確認されました(参考文献2-2参照).したがって,指数スペクトルは,恐らく,非線形現象一般の特性であると考えられます.図0480に,3つのモデルから生成される時系列のPSDを示します.同図に見られるように,各スペクトルの全体が,現在の計算の精度によって決定される限界で平坦になるまで,明確に指数特性を示すことが見いだされます.

図0480 指数スペクトル:カオス時系列に対するMEM-PSD.(左)ローレンツ・モデル,(中)レスラー・モデル,(右)ダフィング・モデル.各モデルの結果は,上から順に,時系列,PSDの両対数スケール表示,PSDの片対数スケール表示.

問 one-sided-spectrum,two-sided-spectrumなどという言葉を聞きますが,それはなんですか.また,MemCalcではどちらのスペクトルを計算していますか?

0490

答 one-sided-spectrumとは(0,∞)の周波数帯において求められたスペクトルで,この周波数帯のトータルパワーが時系列データのゆらぎの時間あたりのエネルギーになります.一方,two-sided-spectrumは負の周波数を許し,(-∞,∞)の周波数帯で求められたスペクトルをいいます.実数時系列については,two-sided-spectrumは周波数0に対して対称となり,また,(0,∞)の周波数帯においてone-sided-spectrumの半分の値をもちます.MemCalcシステムで計算されるのはone-sided-spectrumです.

問 連続PSDとは何ですか.周期的時系列のPSDがなぜ連続成分を持つのですか?なぜPSDが離散的でないのですか?

0500

答 連続PSDとは,PSDの離散成分(線状のスペクトル)を除く部分に該当します.例えば,スペクトルピークの広がり,スペクトルピークよりも広い領域にわたるもり上がりや振動的変動,スペクトルの全体的傾向変化等々です.これら連続PSDの由来は様々です.例えば,スペクトルピークの広がりは,測定の分解能が粗い(あるスペクトルラインに近接して多数のスペクトルラインが存在するが,これを分解できない)ため,あるいは現象の周波数が微妙な変調を受けているために生じます.スペクトルピークよりも広い領域にわたって見られる変動は,カオス現象に特有の非線形振幅変調に由来します.スペクトルの全体的傾向変化は,ゆらぎの性質を反映するものです.また,白色雑音も見かけ上の連続PSDを示しますが,これはあくまでも理論上のものです.

問 指数スペクトルは生体時系列に特有なスペクトルの形状ですか?指数スペクトルは,これまでにどのような分野で確認されていますか?

0510

答 指数スペクトルは,理論的および実験的研究で報告がされており,これらのレビューがIstratovとVyvenko(1999)にって報告されています.
 指数スペクトルは,1981年にFrischとMorfによる理論展開の中で,高周波数領域のPSDが指数減衰すると報告されました.また実験的には多くの報告がされており,例えば,自由熱対流における温度や速度ゆらぎ(乱流)(図0510),光や中性子散乱によって得られる動的構造因子(dynamical structure factor)
S(Q, ω),分子動力学計算によって得られる偏光スペクトルなどなど,未だに理論的解明がなされていませんが,物質の運動状態に内在する非線形現象と結び付いて観測されています.

図0510 弱乱流状態のクエットテイラー流において実験的に確認された指数スペクトル.

問 これまでの生体時系列のスペクトルの形状は,1/f であることが多く報告されています.1/f スペクトルでなく指数スペクトルであることを妥当とする(理論的な)根拠はありますか?

0520

答 1/f のスペクトルは,低周波数領域の有限の範囲で見いだされるものです.というのは,高周波数の極限まで,即ち,f →∞まで,1/f スペクトル特性を仮定すると,スペクトルの全パワーは発散してしまいます.スペクトルのパワーは,物理的にはエネルギーに相当しますから,有限の系が∞のエネルギーを持つことになり,これは物理的に許されません.また,1/f スペクトルは,f →0でも,発散するという困難を抱えています.従って,1/f スペクトルは,f →0と f →∞を除く,即ち,低周波数と高周波数の両極限を除く,周波数のある有限の領域でのみ成立するスペクトルです.指数スペクトルには,こうした1/f スペクトルが抱える発散の困難は存在しません.実際のデータは有限サンプリング間隔で有限長ですから,対応するある周波数帯でそのスペクトルが得られます.仮にこの周波数帯でPSDが1/f の減衰を示すとき,1/f スペクトルとも指数スペクトルとも評価は可能です.しかし,例えば,生体系は開放系で非線形で非確率的ですから,こういった時系列のPSDは,1/f にはならず指数になることが期待されます.

問 これまで1/f スペクトルであると報告されてきた生体時系列のうち,指数スペクトルの方が妥当であると考えられる例はありますか?

0530

答 これまで,指数スペクトルはほとんど知られていなかったため,1/f スペクトルとされていた時系列データであっても,あらためて解析し直すと,多くの場合,見事な指数スペクトルが確認できます.その具体的例として,脳波時系列とウニの産卵リズムの時系列を紹介します.これらの事例に,低周波数特性としての1/f スペクトルと,高周波数特性としての指数スペクトルとが見事に示されています.図0530-1に,脳波時系列(上),1/f スペクトル(中)と指数スペクトル(下)が示されています.中図は,両対数尺度で描かれており,周波数領域 0.1〜5Hz辺り(α波領域の直前)までのスペクトルの傾きは,1/f になっています.下図は,片対数尺度で描かれており,15 Hz 辺り(α波の領域の直後)から高周波数領域にかけて,PSDの傾きは指数になっています.図0530-2に示されているように,ウニの産卵リズムの時系列についても,同様のことが見られます.低周波数領域(<1 (単位:1/分))の1/f スペクトルと,高周波数領域(>1)の指数スペクトルが,明確に確認できます.

図0530-1 脳波時系列(上),1/f スペクトル(中)と指数スペクトル(下).中図は両対数尺度で,α波領域の直前までのPSDの傾きは1/f ,下図は片対数尺度で,α波の領域の直後から高周波数領域にかけて,PSDの傾きは指数になっている.

 

図0530-2 ウニの産卵リズムの時系列について得られた低周波数領域(<1 (単位:1/分))の1/f スペクトルと高周波数領域(>1)の指数スペクトル.

 


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