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§1 時系列解析一般
§§1−1 時系列(その2)
 

問 時系列の多重構造という表現を目にしましたが,これはどのようなものですか?

0090

答 図0090の上段に示す時系列は,一見不規則なランダム変動であるかのように見えます.ところが実はこの時系列は,わずか3通りの周期函数で描かれる波(図0090下段)を,位相と振幅を違えて重ね合わせることによって作り出されたものであり,ランダム変動ではありません.このように不規則時系列は必ず複数(多数)の周期の波の重ね合わせになっていると考えられます.これは時系列の多重構造を説明する最も簡単な例です.より複雑な例としては,問0070に示したフラクタル構造を示す時系列があります.

図0090 3通りの周期関数(下段)の重ね合わせによって得られた“不規則”変動時系列データ(上段).

                 

問 どのようにしたら時系列の多重構造を記述できますか?

0100

答 時系列の多重構造とは,時系列が種々の波の重畳でもって構成される基底変動と,これに付加されるゆらぎの部分との2つの部分から成ることを言います.そこで私たちは,MemCalcの解析理論の構成要素として,次式で定義される“基底変動 underlying variation”という概念を導入しています.

X( t ) XUV( t ) ε( t )

ここで,X ( t )は任意の時系列,XUV ( t )はその時系列の基底変動,ε( t )はゆらぎの部分です.ゆらぎの部分は,非決定論的な“ランダム雑音”である場合と,決定論的なダイナミクスに基づくものである場合があります.この基底変動は,サンプリング時間間隔よりも大きな変動をもつ,所謂,“有意な変動”のことを意味しています.時系列解析では,この“基底変動”を決定することが中心問題です.
 ゆらぎの部分は元の時系列からその時系列の基底変動部分を除いたものですが,微細な周期構造を内在させる場合があります.その典型がフラクタル構造をもつ時系列です.こういう形で時系列の多重構造が,次式のように再定式化できます.

X( t ) = X ( 0 )UV ( t ) - ε ( 0 ) ( t )

ε ( i ) ( t ) = X (i + 1)UV ( t ) - ε (i + 1) ( t )   ( i = 0,1,2...)

X ( 0 )UV ( t ): 元の時系列の基底変動

X ( i )UV ( t ): 残差時系列(ゆらぎの部分)ε ( i ) ( t )
の基底変動

ε (i + 1) ( t ): 残差時系列ε ( i )( t )のゆらぎの部分 

問 時系列データの多重構造は,そのデータを送出したシステムの静的構造,または動的構造とどのように対応すると考えられますか?

0110

答 システムの構成要素の運動(動的構造)と空間的分布(静的構造)とは密接に関係しています.例えば,空間的分布が規則的な場合(結晶構造はこの典型),システム要素の運動はこの規則性の支配を受け,固有の運動モード(固有振動)をとります.固有運動(固有振動)モードはスペクトルとして観測され,規則性からのずれはスペクトル線の広がりとして現れます.
 一方,不規則性の強い空間分布の場合(気体や液体構造),システム要素の運動も不規則になり,固有の運動モードは見られず,スペクトル線も幅の広い連続的なスペクトルを形成します.こうした例の典型がカオスシステムです.

問 時系列の多重構造は周波数上で(スペクトルに)何か特徴的な挙動が現れますか?

0120

答 時系列の多重構造は,問0100で述べたように,決定論的部分(基底変動)とゆらぎの部分から成っていると考えられます.時系列の基底変動を構成する周期構造は,スペクトル上では,低周波数領域の支配的なスペクトル線とその高調波として現れます.時系列のゆらぎの部分は,スペクトル線の幅の広がりとして,あるいは幅の広い連続スペクトルとして現れます.

問 時系列の“基底変動”とは具体的にどのようなものですか?

0130

答 例えば,24時間血圧データ(ABPMデータ)において日内リズムを求めることは,その時系列の基底変動を決めることを意味します.図0130にサンプリング間隔の異なる血圧の時系列データ,そして表0130にその測定条件を示します.各時間スケールの時系列にあてはめて描かれた曲線が“基底変動”を示しています.そしてこの“基底変動”自体も,大きな時間スケールの時系列の時間領域に応じて様々に変化します.

図0130 血圧変動の時系列データ.
データ長は,最上段a図は,2年, 最下段i図は,約10秒.

 
表0130 図0130に示した血圧の時系列データの測定条件

figure length of data
N
sampling time
interval
method
a-c 2 years 1 day home BP monitor
d-e 2 days 15 minutes ABPM
f-h 45 minutes 1 beat beat-to-beat
i 10 seconds 0.02 second tonometory

問 時系列データの長さ(=観測時間)を少しずつ長くして順次基底変動を得るとき,どのような結果が期待されますか?

0140

答 時系列データの長さを長くするにつれて,より長周期のモードが時系列データの基底変動を構成する周期モードとして評価される可能性があります.この長周期モードの源としては,その時系列の@長周期の周期変動とA傾向変動の2つの場合が考えられます.
 例として,図0140-1に(a)おたふく風邪と(b)百日咳の1981年〜1993年における発生患者数の時系列データを示します.いずれの時系列データの場合も,ある季節に発生数がピークとなる1年の周期変動,即ち季節変動を示しています.しかし時系列全体を見ると,おたふく風邪(図0140-1(a))では約3年の周期変動が観測され,百日咳き(図0140-1(b))では発生数が全体として時間と共に減少していく傾向変動を示しています.このように,時系列データの長さを長くしていくと,それまで顕在化しなかった長周期モードが観測されるようになります. 
 一方,長周期モードが存在しない場合,より短い周期変動が繰り返し観測されるようになり,スペクトルはこの繰り返し観測される周期構造の平均構造を顕著に示すようになります.例えば,図0140-2に示すのは,日内リズムをもつ収縮期血圧データ(ABPMデータ)ですが,観測時間が24時間と48時間とを比べると,後者の結果の方が日内リズムである24時間リズムが支配的に観測されるようになります.

図0140-1 感染症の発生時系列データ(感染症サーベイランスデータ).(a)おたふく風邪,(b)百日咳.

 

図0140-2 15分間隔で48時間にわたり測定したABPMデータ.

問 生体データにせよ経済データにせよ,データ長をどのようにとってもその長さに“適合した”基底変動が見いだされるようですが,この事実は何を意味しますか?

0150

答 例えば,24時間血圧データ(ABPMデータ)を延長して測定し,48時間データを得たとき,多くの場合,48時間データに日内リズム(24時間周期)は普遍的に見いだされます.麻疹の発生数データや経済データでは,365日(1年)周期がデータ長に関わらず見いだされます.これは時系列データを生み出した現象の背後に存在する系がもっている固有変動の周期です.時系列解析の目的は,こうした固有変動を基底変動として求めることにあります.

問 “ゆらぎ”という学術用語はさまざまな局面で耳にするように思います.どのような場合にどのような意味で使われるのか,時系列とのつながりの深い例を教えてください.

0160

答.学術用語としての“ゆらぎfluctuation”は,統計物理学におけるその意味を理解することが重要です.統計物理学における“ゆらぎ”は,時々刻々変動する現象に関するあらゆる情報の源として考えられています.この解釈に立てば,“ゆらぎ”は極めて広範囲の内容をもち,ある意味ではあいまいにならざるを得ず,従って,統計物理学では数学的理論を前提に“ゆらぎ”を定式化して扱います.
 有名な“ゆらぎ”の理論としては,揺動散逸定理があります.時系列の“ゆらぎ”はこうした統計物理学上の“ゆらぎ”とは区別されるもので,時系列の基底変動を差し引いた残差時系列のことを意味します(基底変動については問0100参照).従って,この“ゆらぎ”はノイズを意味することもありますが,一般にはノイズも含め,決定論的な変動も含んでおり,その場合には残差時系列の一部領域を取り出して,そのセグメントに対する基底変動を再び問題にすることも可能です.

問 なぜ,時系列データは“本質的に”非線形性を含んでいるのですか?

0170

 時系列データの値が,ある時間点から次の時間点へ変化する場合,系は様々な相互作用を受けます.時系列を生み出す系は,孤立系ではなく,周囲との間で何らかの影響を及ぼしあっている相互作用系です.その相互作用の時間的推移は,系が周囲に影響を与え,その影響を受けた周囲の系が再び元の系に影響を与え,その影響を受けた系が更にまた周囲に影響するというように,ある対象系と周囲の系との間の相互作用は無限の連鎖となり,こうした無限の連鎖の相互作用は,一般に非線形となります.

 


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