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§3 MemCalc解析
§§3−1 MemCalcとはどういう方法か(その1)

問 MemCalcというtermは,何を意味しますか?1991年の発売以来,今日までにおける展開を考えるとき,それは,いわゆる“Windows”などと同様の一企業の商品名にすぎないものと理解すべきものでしょうか?それとも商品名であると同時に時系列データ解析の現状に対するある立場の表明と理解すべきでしょうか?

0790

答 MemCalcとは,MEM(最大エントロピー法 Maximum Entropy Method)に基づくスペクトル(PSD)を計算するコンピュータ・プログラムの商品名で,MEMとCalculation(計算)の合成語です.この点では一企業の商品名にすぎないのですが,MemCalcは時系列解析の本質を踏まえた理論と手段を具備しているという点では,今日の時系列データ解析の到達点を体現したものとなっており,単にスペクトル解析を実行するものではなく,MemCalcによってはじめて,本格的な時系列解析の道が開かれたと言ってもいいでしょう.

問 方法論としてのMemCalcの最大の特徴は何ですか?

0800

答 0800-1に,AR法,FFTMEMおよびMemCalcの4つの方法の概要を比較し,それぞれの特徴をまとめて示します.MemCalcのスペクトル解析機能は,FFTと同じ様に,時系列をパワ−スペクトルに数学的に変換するシステムと考えて差し支えありません.またMemCalcを除くいずれの方法においても,得られたスペクトルの妥当性を検証することができません.この重大な(しかしこれまで全く問題にされてこなかった)問題点は,MemCalcのスペクトル解析機能と連結された非線形最小二乗法によってはじめて解決されました.このことは極めて本質的であり,その意義は大きいと言えます.
 MemCalcは,時系列の基底変動を決定するために,周波数領域の解析(スペクトル解析)としてのMEMと,時間領域の解析(時系列の再現)としての非線形最小二乗あてはめ法を用います.このときMEMによって得られた周期構造を用いて,非線形最小二乗法を線形化し,解の一義性を保証しています.MemCalcの一連の手続きを,FFTAR法で行うと結果がどういうことになるかを図0800-2にまとめてあります.

図0800-1 AR法,FFT,MEMの特徴.

 

 

図0800-2 MemCalcの一連の手続きについてのFFTおよびAR法との比較.

問 MemCalcで時系列データを解析するとき,その取り扱いの根底にある時系列データ,または対象系に対する視点とはどのようなものですか?

0810

MemCalcでの時系列に対する視点は以下の3点です.詳しくは問0050を参照してください.

(1) 現実に観測値として得られる時系列データは,必ず離散的で 有限長である.
(2) 時系列は,フラクタル(自己相似的)構造をもつ.
(3)
時系列は時々刻々,“瞬間的”に変動する“ゆらぎ”を伴う.

問 時系列データ解析のための手法として,従来から広く使われてきた手法があります.MemCalcではスペクトル解析法として最大エントロピー法(MEM)を用いていますが,どうしてですか?

0820

答.問0560問0570を参照してください.

問 MemCalcとMEM(Burg法)との関係をどのように理解すべきでしょうか?

0830

答.問0550問0570そして問0590を参照してください.

問 MemCalcとMEMは同じと考えてよいでしょうか?

0840

 MemCalcシステムは,実用レベルでの計算手続きとして初めてMEM(Burg法)を計算機上に実現したシステムです.しかし,MemCalcはBurg法に基づくMEMスペクトルを計算するだけのシステムではありません.問0800で述べたように,スペクトル解析と最小2乗フィッティングを結び付けることにより時間軸上でのリズム構造を明かとする手続きや予測処理など,時系列データを解析するための汎用システムとして構成されています.

問 MemCalcにおけるエントロピーとは何ですか?

0850

答 エントロピーとは,本来熱力学や統計物理学において,状態の無秩序性や不規則性の程度を示す物理量でしたが,今日では,情報エントロピーとして,不確定度(未知の度合い)を表す量として定式化されています.MEMは,時系列に対してこの情報エントロピーを計算することを基礎にしてスペクトル解析法として確立したものです.MemCalcは,スペクトル解析にこのMEMを用いています.

問 MEMを道具として用いる場合,そのMEMの拠って立つ理論体系を常に理解している必要がありますか?

0860

答 MEMの理論体系は相当に深遠な内容を含んでいると考えられますが,それに基づいてひとたびスペクトル計算のための手続きとしてシステムが構成されると,このシステム自体は与えられた時系列データをスペクトルに機械的に変換するものに過ぎません.
 また,構成されたシステムを利用する際には,それは単なる道具ですから,道具としての機能が正しく発揮されるように注意して用いれば所望の結果を得ることができます.MemCalcシステムがこれにあたります.

問 MemCalcは,FFTやAR法とは異なって,データに一切の仮定を与えていないと聞きました.なぜそれが可能なのですか?

0870

答 MEM以外のスペクトル解析法は,与えられたデータは本来のデータの一部であるという考え方に立脚しており,解析理論が時間領域−∞〜+∞のデータ長を要求するために,残りの未知の(入手できない)データを新たに持ち込むか,モデルによって拡張することになります.これに対してMEMは,データは与えられたものだけであるという考え方に立脚しています.この“与えられたデータしか用いない”とするMEMの根本の考え方が,現実の時系列の本質から見て論理的な妥当性をもつことについては,問0050問0060を参照してください.

問 一般にスペクトル解析では,データが正規分布に従うことを仮定していますが,MemCalcの場合ではどうですか?

0880

答 MemCalcにおけるMEMが対象とする時系列の情報エントロピーを計算する場合,与えられた時系列の同時確率分布がガウス(Gauss)分布に従うとしています.これはデータ値自体が正規分布に従うということとは異なります.

問 MemCalcでは,“定常性”や“相関函数”などの定義の再検討はどのようになされたのでしょうか?

0890

答 MemCalcでは“有限長データ”のみを対象にする立場ですので,無限長データに対して定義される“定常性”や“相関関数”はそのままで用いられることは許されません.“定常性”については,問0020を参照していただくことで十分です.“相関関数”については,MemCalcの論理体系の中で,有限長データを構成する周期関数を用いて,逆に再定義できるものであり,理論構成上首尾一貫したものとして考えることができます.

問 −∞から+∞の時間領域の時系列を前提とする理論的体系に対する再検討は,MemCalcではどのようになされたのでしょうか?

0900

答 時系列解析理論は数学的理論ですから,時間領域として−∞から+∞の領域で定式化されなければなりません.これに対して,現実に得られる時系列は有限長ですから,この有限長時系列を無限長に変換する手続きが必要になります.FFTはこれを同じ有限長時系列が繰り返されるとして無限長時系列を構成したわけですが,MemCalcでは有限長時系列の周期構造を調べ,その周期構造を構成する無限長の波(正弦波)を決定し,これを数学的基底として首尾一貫した理論体系を構築しています.

図0900 MemCalcの理論構成

問 非線形現象に由来する時系列の解析にあたって,MemCalcで十分配慮した大切な考え方があると聞きましたが,それは何ですか.

0910

答 非線形現象は複雑で多様ですから,解析も画一的,一面的ではなく,全面的に進められること,すなわち,部分と全体を切り放すことなく,同時解析・包括的解析を可能にする仕組みを作り上げることが重要です.さらには,非線形に加えて,非平衡,非定常,ゆらぎの性質に無関係に解析できるものでなければなりません.

問 MemCalcの結果から,時系列の基底変動はどのようして見積もることができますか?

0920

答 基本モードを決定するために,MEM-PSDで評価される周期値のLSF曲線への寄与を調べます.例として,太陽黒点数時系列データを用います.図0920-1は,時系列データのlog-dataについてのMEM-PSDで評価される主要な12の周期モードを順次LSF曲線に取り込んだときの,残差の時系列の標準偏差(SD)を示します.図0920-1は6〜8モ−ドに屈曲点を示しています.こうして,12個の周期の寄与を2つの部分,即ち基底変動とゆらぎの部分,に分けることが出来ます.
 ここで,評価された5つの基本モードの妥当性を調べるために,最適LSF曲線(基底変動)が,5つの周期(265.16107.1150.4111.04および10.04年)を用いて計算され,その結果が,原時系列デ−タと比べて,図0920-2(a)に示されています.LSF曲線は,1760年から1790年と1870年から1920年の期間の不一致を除き,全体にわたってデ−タとかなり良く合っています.前者の不一致は,Eddyが指摘しているように,“1749年から1817年にかけては疑わしいというデ−タの信頼性の問題 に起因するのかもしれません.後者の不一致は,吉村によって指摘された異常な大変動サイクル(anomalousgrand cycle)に対応しています.これらの2つの領域を除き,最適なLSF曲線の全体的な良い一致は,現在の解析に用いられた5つの主要な周期の本質的有効性を示唆しています.

図0920-1 LSF曲線に対する周期モードの寄与.

図0920-2 (a)最適LSF曲線と原時系列デ−タとの比較(実線:傾向線を考慮,破線:傾向線を考慮しない,点線:太陽黒点数デ−タ)(b)マウンダ−極小期の領域の拡大,(c)1990年からの100年間の領域の拡大.


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