§4 実データのMemCalcによる解析 |
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§§4−3 非線形・カオス時系列(その1) |
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問 時系列データを観測する目的はそのデータを発生した系の状態に関する知見を得ることにあります.この状態に関して線形システムといる言葉を聞きます.線形システムとは何ですか. |
1640 |
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答 あるシステムが存在するとき,その時間的・空間的発展(変化)は通常微分方程式で表現できます.例えば,時間変化を記述する微分方程式について,初期条件(t = 0 のときの値)を与えると1つの解が求まるとき,異なる初期条件の解との間に重ね合わせの原理が成立するとき,これを線形システムと呼んでいます.例えば,線形システムでは初期条件として t = 0で初期値 A(1)の場合に解1,A(2)の場合に解2,A(3)=A(1)+A(2)の場合に解3を得るとき,解3= 解1+ 解2となり,このような関係を重ね合わせの原理と呼びます.また,あるシステムに対する入力と出力の関係が比例関係になっている場合,そのシステムを線形システムと言います.例えば,“バネの伸び y (出力)が加えられた力 f (入力)に比例する”というフックの法則(Hooke's law), y = k f ; k : 比例定数 |
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問 わたしたちに周りに,どのような線形システムがありますか? |
1650 |
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答 私達の周りに厳密な線形システムを見出すことは難しいものです.問1640で述べたバネの伸びと力の関係について見ると,バネをある程度以上伸ばすと,線形システムの特性である入力と出力との間の比例関係がくずれてしまいます.このときもはや線形システムではなくなってしまいます.ところで,比例関係が成立する伸びの範囲についても,バネの比例定数は厳密に見ると,温度や経年変化で一定値をとるものではありません.このように,システムをとりまく外的要因やシステム自身の内的要因によって一見線形システムに見えていても,厳密にはそうなっていないのが私達の身の周りのシステムだと言ってさしつかえありません.これは身の周りのシステムが多様な要素を含む物理的実在であるからです. |
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問 線形システムに対比される概念として非線形システムがあると聞きました.非線形システムとは何ですか?非線形,非線形方程式とは何ですか? |
1660 |
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答 非線形システムとは,問1650の例について言えば,解の重ね合わせの原理が成立しないシステム,あるいは,入力と出力の関係が比例関係にないシステムのことを意味します.一般に,自然界は非線形システムであり,それが呈する現象は本質的に非線形現象です.例えば,非線形システムとして良く知られたレスラー系やローレンツ系は,次式の方程式で記述されます.
ここで,X,Y,Z
は変数,a,b,c,σ,γ
は定数であり,非線形性はレスラー系の場合は1つの非線形項XZ,ローレンツ系の場合は2つの非線形項
XY
とXZ
によって生起されます.このように変数の積の項をもつ方程式を非線形方程式と呼びます. |
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問 実際にはどのような非線形システムがありますか?非線形系が安定して存在し続ける条件はどのようなものですか? |
1670 |
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答 現実に存在するシステムは,その周辺環境と何らかの相互作用を受けており,このために一般には非線形現象を示すのが通例です.例えば,人混みの中を歩くことを考えてみると,割り込むことによって隣人や前方の人に影響が及び,次々にその影響が広がって一定の配置になります.次に,前方から来る人を避け,隣人の影響を受けて進路が決まり,その方向に歩みを進めることになります.この結果,また影響が周辺に及び,その周辺からの拘束を受けつつ進路が決まります.このように,周辺との相互作用を繰り返して現象が発展します.このような現象は決して線形現象として記述することはできません. |
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問 非線形現象の具体例を挙げてください. |
1680 |
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答 私達が日常的に目にするものは全て非線形システムであると言っていいのです.例えば,規則性,秩序性,協同性,周期性を示すものは,時間的変動であれ,空間的変動であれ,全て非線形現象です.特に,いたるところに秩序性を見ることが出来る生命現象は非線形現象そのものであって,正に“生きる”ことが非線形現象なのです.心臓の拍動(自発的リズム形成),おたまじゃくしがカエルになる(形態形成),トカゲのシッポが生え替わる(自己修復機能)などは非線形現象の典型です.ある部分が周辺と識別できる(パターン形成)ということは,そこに突然に急峻な変化が現れることであり,これも非線形現象です. |
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問 現実に存在するシステムは線形システムと非線形システムの二つに分類することができるのですか? |
1690 |
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答 現実に存在するものは,全て非線形を本質としています.従って,線形系と非線形系に分類することは出来ません.唯一,現象の入力−出力の関係を見るとき,その関係が線形関係(比例関係)からずれが小さい場合にのみ,その現象を示す系を線形系とみなします.これは,あくまでも“みなす”ということであって,その系が線形系であるということではありません.このように,線形系は極めて限定された特別の場合にのみ一見そう“みなせる”というものです.これまで,多くの安定系は線形系であると考えられてきましたが,それは線形として見なければ解析できなかったためでした. |
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問 次の表現を目にしました.「非線形性と複雑性の科学的指標・基準がいまだに確立されていない」.この確立されていない理由は何故だと考えますか? |
1700 |
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答 非線形性の解明は,現代科学の重要な課題ですが,現在のところ非線形性をあまねく解明することは殆ど不可能です.また,非線形現象は極めて多様であり,そうした現象を生み出すシステムは多重構造(フラクタル構造)であり,部分と全体を分けることも出来ません.このようなシステムは複雑系と呼ばれます.従って,複雑性は,これも解明することは不可能です.こうして非線形性と複雑性の科学的指標・基準は今もって確立できていませんし,本質的に困難なものです.例えば,身体現象は,本質的に決定論的であって,確率的ではありえず,しかも非線形です.しかしこのことを具体的に解明することはそう簡単なことではありません.それは,まさに設問にあるように,“身体の非線形性”が本質的に“複雑性”と関係しているため,その科学的指標・基準がいまだに確立されていないためです.これは,例えば,身体現象の“カオス”の定義の困難さをみれば明らかです.にもかかわらず,近ごろ非線形解析とかカオス解析と称して,“身体の非線形性”を単純なモデルに基づいて安易に解釈する傾向が見られます.こうした傾向は,十分いましめることが必要ですが,いずれその問題が明らかになって,そうした安易な傾向に終止符が打たれることに間違いありません. |
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問 非線形システムを解析する方法について説明してください.解析方法の妥当性の検証はできるのでしょうか? |
1710 |
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答 今のところ,非線形現象の解析は,現象をモデル化した非線形方程式を立て,それを解くことで進められます.しかし解析解が得られるのは,ごくまれな特別な場合に限定され,ほとんどの場合,数値計算によって解を求めることで解析が行われています.そこに2重の困難が付きまといます.第一は,モデルがどこまで適切か,現実の現象をどこまで表現しているのかという問題です.非線形系は,部分・要素に分解・分析し,それを再び集めて全体を構成するという,線形解析で許される手法をとることができません.全体をモデル化するには全体を理解できなければならないからです.しかし人間の認識には限界があり,全体を理解することは不可能です.こうして,モデルは非線形系の一部の表現に過ぎません.この困難は脳のモデル化にその典型例をみることができます.第二は,非線形方程式を数値計算する場合の,差分化(離散化),初期値依存性,計算アルゴリズムによる誤差,そして累積誤差がもたらす不可避的問題があります.こうして非線形現象を数理モデルで取り扱うことには重大な限界があると言えます. |
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問 非線形システムとカオスシステムは同じですか? |
1720 |
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答 非線形系は,極めて多様な振舞いを示します.例えば,振動構造を示す場合,周期過程,周期倍分岐過程(順カスケード過程),逆カスケード過程,カオス過程にまで多くの過程をとり得ます.一般に,周期倍分岐過程をもつと,逆カスケード過程も存在し,従ってカオス過程をもつことになります.この意味では,非線形系はカオス系と言っても良いことになります.しかし,これは低次元の決定論的カオス過程について得られている知見であり,一般の高次元のカオス系については,どういった非線形性が存在するかは全くわかっていません. |
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問 “カオス(chaos)”はどのように定義されますか? |
1730 |
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答 “カオス(chaos)”の定義は,研究者によって多少の違いがあります.ここでは,とても分かりやすいシュスター(H.G.Schuster)による定義を紹介しますシュスターの定義は以下の通りです.
また,ベルジェ,ポモウ,ビダルは,パワースペクトルに連続スペクトルを含むことをカオスの定義としています.その他多くの定義がなされています.このことは,カオスの本性が客観的に十分に明らかになっているわけではないことを物語っています.
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問 カオスとはどういう意味ですか?混沌と訳されていますが適切な訳でしょうか? |
1740 |
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答 カオスは,一般に,混沌と訳され,「物的・社会的・精神的な混乱,無秩序状態」という意味に解されます.しかし,最近話題となっている意味は,「秩序ある宇宙(cosmos)の出現の前の混沌状態」
というより根源的意味です(下の表1740参照).私たちが目にする自然現象の多くは,時々刻々その姿を,予測不可能な形に,複雑に変化させます.揺らめく煙,わき上がる雲,風に揺らめく木の葉等など,数え上げれば際限がありません.カオス研究は,こうした複雑な現象の背後に秩序を見いだそうとするものです.自然現象に限らず生体現象や社会現象であっても,事物は,一定の時間的・空間的スケールで,必ず安定状態(秩序構造)にあり,それが何かの拍子に不安定化し,場合によっては混沌とした状態(無秩序構造)を呈します.しかし,いつまでも不安定なまま存在し続けることはなく,いずれ次の安定状態に行き着きます.これは,森羅万象に見られるある意味では普遍的な姿です.即ち,カオス研究とは,こうした「一見秩序立った構造が,内的・外的要因によって秩序構造を失い無秩序化するが,再び自己組織的に秩序構造を再構成するという現象過程」を対象にするものです.カオス研究は,今日,基礎科学から応用科学に至るあらゆる分野で展開されています.
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問 時系列データのカオス性について,“カオス理論”ではどのような方法で解析が進められますか? |
1750 |
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答 時系列解析に用いられる“カオス理論”によって,時系列のカオス性は,自己相似性,スペクトルの1/f
特性,アトラクター,ポアンカレ・マップ,リアプノフ指数,相関次元等を調べることによって行われてきました.しかし,これらの方法は結局のところカオス性を調べることに不十分なものであることがわかってきました.これらの方法の多くは,多数のデータ点数を必要としていて,例えば,人の心拍変動の相関次元を求めるには15〜20次元に及ぶ埋め込み次元が必要とされ,これに要するデータ点数は数10万点に及びます. |
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問 MemCalcシステムをカオス時系列データの解析に用いることはできますか? |
1760 |
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答 カオス時系列データの扱いに対して,MemCalcシステムは強力な解析手段となります.既に日本物理学会欧文誌
Journal of the Physical
Society of Japan に,ローレンツ,レスラー,ダフィングモデルなどのカオス時系列がデータ長にかかわらずともに指数スペクトルを示す事実,およびこの指数スペクトルこそがその時系列がカオス時系列であるか否かについての重要な知見となる可能性が報告されています.この研究にはMemCalcシステムが用いられました.また,MemCalcシステムを用いて行われたカオス時系列に関する研究では,例えばカオス時系列データのスペクトルについて基本モードと高調波,多段階にわたるサブハーモニクスの出現,逆カスケード過程などが確認されます.これらの研究を端緒として,MemCalcシステムのカオス時系列データ解析への適用が今後増えるものと考えられます. |
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問 現実の時系列データからそのカオス性を抽出することに関して,「理論モデルもなく,対象システムの限られた時系列データのみをもとにしてカオスの存在を示すことは不可能である」という見解があります.この見解は妥当なものでしょうか? |
1770 |
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答 この見解は,問1690,
問1700, 問1710で述べた非線形システムの解析に存在する本質問題や理論モデルの重大な困難を全く理解しないばかりか,実験データに包含されている豊かな内容を理解できていない見解です.私達も,理論モデルの有効性,それが解析的に解きがたい非線形モデルであっても,その有効性を重々認めるものではありますが,同時にその限界をわきまえない主張についてはこれを容認するわけにはいきません.しかも,いついかなる場合でも,実験データ,観測データの絶対的ともいえる優位性があります.これは,実験データ,観測データを説明できない理論モデルは排除されるという事実からも明らかです.ましてや,生体における時系列のような,理論モデルの著しく困難を極める場合には,なおさら,実験データ,観測データそのものから,豊かな情報をいかにして取り出すかが重要になります.だからこそ,データそのものに,一切の人為的な付け加えをしないで解析する方法の確立が求められるのであって,私達が,提供するMemCalcはまさにそれに応えるものであると考えます. |
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問 MemCalcはカオス時系列をどのような観点で取り扱っているのですか? |
1780 |
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答 MemCalcは,時系列をPSDに変換し,そのPSDの情報を用いて元の時系列を再構成するための一連の手続きですが,そこには何らの仮定もモデルも見方も持ち込みません.従って,MemCalcでは,カオス時系列もその他の一般の時系列も全く同じ観点で扱い,結果として得られるPSDの振舞いからカオス性を導き出すのです.レスラー系についてMemCalcによって詳細に調べられた結果は,MemCalcの優れた解析能力を示しました. |
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問 MemCalcシステムでアトラクターを求めることはできますか?また,フラクタル次元,リアプノフ指数などはどうですか? |
1790 |
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答 残念ながら,いずれもシステムに搭載されていません.ここで,いわゆるカオスアトラクターは埋め込み次元と時間遅れを変化させると“いかようにも”その形を変えてしまい,実用的ではないと判断されるからです.また,フラクタル次元,リアプノフ指数を求めるためには,“カオスとして一定の状態”にあることがあらかじめわかっているシステムからの長大な時系列データが必要です.システムが時々刻々その状態を変化させる場合には理論上,意味をもちません.現実には一定の状態にあるシステムからのデータとしては非線形方程式の解として求まる数値解以外に存在しません.したがってこれも実用的ではないと判断されるからです. |
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問 従来のカオス解析に比べて,MemCalcシステムを用いる利点はありますか? |
1800 |
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答 これまでのカオス理論では,時々刻々カオスとしての程度を変化させるような時系列データを解析できません.他方,MemCalcシステムは特に短いデータの解析においてそのような変化を捉えることができます.
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問 時系列のカオス特性を判定する道具として,従来,相関次元,ポアンカレマップ,リアプノフ指数などが多用されてきましたが,いずれの場合もデータ長が十分に長くないと満足な結果が出ないようです.MemCalcは短い時系列でのその周波数構造を詳細に調べられると聞きましたが,時系列のカオス特性を調べることはできますか. |
1810 |
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答 私達は,短い時系列(現実の時系列の圧倒的多くは短い時系列である)のPSDに基づいて,カオス性を定量的に指し示す,以下のような幾つかの尺度を明らかにし,論文として発表しました(参考文献2-3).これらの尺度は,生体時系列データのカオスを解明する上で極めて有効です.
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問 問1810の答にある@について質問します. 非線形時系列のPSDとしては1/f スペクトルが良く知られていますが,“指数スペクトル”とはあまり聞き慣れません.非線形時系列のPSDが指数スペクトルとなる例を見せてください. |
1820 |
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答 指数スペクトルは,決定論的カオスを含む非線形現象に特有な性質であり,乱流現象などの実験結果についても確認されています.これらの研究が表1820にまとめられています.一方,非線形モデルによって生成される時系列のPSDが指数特性を示すことは,私たちの研究によって,初めて明らかにされました.図1820は,上から順に,ローレンツ,レスラー,ダフィングの3つの決定論的非線形モデルの時系列データ(左)とPSDの片対数尺度(右)を示します.このPSDの傾きは,計算精度の限界まで指数減衰を示し,いわゆる“指数スペクトル”になっています.低周波数領域は,時系列の構造(周期性,波形やデータの長さなど)に依存した特有のスペクトル構造を示します.従って,指数スペクトルは,実質的に,高周波数特性です.
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問 問1810の答にあるA,B,Cについて質問します.これらは,一般的なカオスの教科書にも書かれていることだと思いますが,MemCalcによって何が新たにわかったのですか? |
1830 |
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答 図1830-1(a)にレスラーモデルによって生成される周期的時系列の拡大図を示します.同図に見られるように,振動の振幅が時間的にゆらいでいます.この振幅ゆらぎの概念的な図が同図(c)に示されています.この振舞いは,カオススペクトルに特有の連続スペクトルの源泉を示しています.図1830-2は,レスラー・モデルに含まれるパラメータ c について,左図は時系列を,中図はトラジェクトリーを,右図はPSDの低周波数領域の拡大図を示しています.これは,上から順に,パラメータc = 2.6における周期状態から,パラメータc = 3.5からc = 4.23の周期倍加過程を経て,そしてパラメータc = 4.3からc = 5.7の逆カスケード過程までの結果を示しています.全ての結果で,スペクトルピークの位置などが,理論値を厳密に再現しています.ここで着目すべきなのは,(a)c = 2.6の結果(最上段右図)に見られる幅の広いピークです.この幅の広いピークは,系の非線形不安定性によって生成された,時系列の振幅ゆらぎから由来すると考えれます.これらの幅の広いピークは,(b)c = 3.5と(c)c = 4.1で観測されるように,カオス状態で良く知られている周期倍加過程の次の状態で成長し,そして安定化されます.そしてこれらの分岐ピークは,(g)c = 4.3, (h)c = 4.6そして(i)c = 5.7で観測されるように逆カスケード過程で消滅します.以上のように,レスラー・モデルのような決定論的非線形力学系では,系の非線形性に起因する不安定性による振幅ゆらぎが生じ,そのゆらぎの周波数は,ある平均値の周りに分散し,これがPSDの連続成分を構成します.ゆらぎは,c のある値で安定化し,平均周波数のみを持つ振幅の周期的な振動となり,これが鋭い分数調和波を発達させます.つまり,周期倍分岐過程では,幅の広い連続成分が構造化されます.そして,逆カスケード過程では,分数調和波のピークが吸収されます.即ち,カオス的混合(chaotic mixing)による周波数変調による消滅が起こるとともに,部分的に規則性を再構成します.逆カスケード過程とは,こうした周期倍分岐過程で構造化された連続領域が再構成される過程ととらえることができます.
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